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男子大学生河童遭遇顛末記

 ゴールデンウィーク最終日。大学生大塚雄司は、スマホのSNSアプリを使って同じサークルの貝塚咲人へ連絡をとろうとした。二人は入学時から腐れ縁が続いている四年生で、所属サークル「河童捕獲隊」では咲人が部長、大塚が副部長を務めている。

 仲がいいかと言われると微妙なところだった。サークル内は大きく二つの派閥に分かれている。「河童捕獲派」か「反捕獲派」か。大塚は反捕獲派の代表であり、咲人は捕獲派の代表だ。

 このゴールデンウィークも捕獲派の咲人たちは河童伝説のある川近くのキャンプ場へ合宿に行っていた。日程はゴールデンウィーク初日から二泊三日だと聞いているので、最終日の今日は家に戻ってきているはずだ。大塚はサークル運営にともなう大学事務に提出する書類の件で咲人に用があった。そのため、合宿から戻ってきているであろうこのタイミングで彼に連絡を試みたのだ。

 ところが、昨日の朝送ったメッセージには既読がつかず、メールを送っても返信がこない。書類の提出期限の関係上、急ぎの用でもあったため、今はアプリや回線から電話をかけているのだが、今朝から時間を開けつつ何度もかけているのに全く繋がらないのだ。

(おかしい。いつもなら必ず二十四時間以内になんらかの返答がくるのに)

 大塚は事務作業が滞っているイライラと、何かあったのかもしれないという少しの不安から、咲人の部屋へ向かった。

 咲人が住むワンルームのアパートは、大学からほど近い住宅街の中にある。三階建てのアパートの二階にある部屋へ赴き、大塚がインターホンを押すと、中から返事が聞こえ、程なくして内側から鍵の開く音がした。

「どちら様……っ!」

 ガチャっと音を立ててチェーンのついたままの扉が開くが、咲人は来客の正体に気がつくと急いで扉を閉めにかかる。大塚はすぐさまその隙間へ足を突っ込み、貝塚へと声をかける。

「おい咲人、なぜ電話に出ない?」

「え? なんのこと? ごめん、俺用事あるから」

 わざとらしくとぼけた咲人はドアの陰に身を隠して必死に扉を閉めようとするが、大塚は逃すまいと扉の隙間へ半身を突っ込む。

「ちょっと待てって! メッセージはまぁいいとして、メールは見たか? サークル運営の大事なやつなんだよ!」

「ああ、見たよ! 俺の名前勝手に書いて、印鑑ついといてくれ!」

「なんだと? 本人の直筆でないとダメなんだ! そういうわけにはいかん!」

 二人はしばらく扉越しに攻防戦を繰り広げたが、ご近所の視線や賃貸住宅の破損修理などを考慮して、咲人が先に折れた。彼は扉を閉めることを諦め、扉の陰に身を隠したまま大塚へと問いかける。

「わかったよ。で? なんの用だよ?」

 大塚は依然扉の隙間へ脚をかけたまま、ずれたメガネを押し上げつつ、決まっているだろと声をかける。

「中へ入れてくれ。書類も持ってきた。ここで書いてもらう」

 咲人はうろたえる。

「だめだ! そうだ、ここで書類だけくれよ。ここで書いて渡すから」

 声の感じに違和感を覚え、大塚は眉をひそめた。

「なぜだ? ここまでわざわざ出向いたんだ。中で茶くらい出せよ。ついでに合宿の報告も聞かせてもらおうか」

 そういってさらに身体を割り込ませるが、咲人の様子はさらに焦る。

「だ、だめだって! まじで。ヤバイんだって。名前だけ書くから早く帰れよ!」

「なんだと?」

 その一言に大塚はしびれを切らし、カバンから持ってきていたペンチを取り出す。それを使い、扉にかかったままの鎖を挟んで切り離そうとし始めた。

「わっ! ちょっ、おまえなにやってんだよ!」

「何かあったときのために一定の工具を持ってきたんだ。これでこじ開けてやる」

「やめろ! まじでやめろって!」

 咲人は大慌てで大塚を止める。

「わかったから、やめろ! 中にいれるから!」

 その一言で、大塚はやっとペンチを引っ込め、咲人はほっと息を吐く。

「いれるよ。だけどな、絶対笑うなよ!」

「はぁ?」

 大塚は咲人の言葉に首を傾げながら、扉が開くのを大人しく待った。扉が閉まり、チェーンを外す音が聞こえると、再び扉が開く。

「……入れよ」

 大塚は部屋へ迎え入れる咲人の姿を真顔で見て、一つ頷くと、すぐさま滑り込むように部屋の中へ入り、玄関の鍵を閉めてからぶほっと吹き出した。

「あははははははは! なんだその頭は!」

 玄関で靴を脱ぎながら、咲人の頭頂部を指さして笑う。

「だから笑うなっつっただろうが! 追ん出すぞてめぇ」

 咲人の頭頂部は毛がなくなり、地肌は赤く腫れていた。彼は赤面しながら頭頂部を抑え、涙目になって大塚を睨む。

「いや、はは、悪かったって。それにしても、なんだってそんなことに?」

 大塚は手近なローテーブルヘと腰を下ろす。部屋は合宿から帰ってからそのままなのか、キャンプ用の荷物がそのまま置かれ、テーブルの上には食べかけのカップ麺が放置されている。咲人は大塚の傍へ正座すると、神妙な面持ちになった。

「新入生がいるだろう。盛岡望」

 大塚は、今年唯一入ってきた新入部員の名前を聞き、頷いた。河童に出会ったことがあるという青年だ。最初からサークル内によく溶け込んでおり、派閥は関係なく部員達にも可愛がられていた。ことに咲人の可愛がり方は異常で、この連休の合宿、もとい乱交キャンプにも連れて行ったようだが……。

「何かあったのか? といっても、おまえらが犯罪まがいのことでもやったんだろう?」

 咲人は言いにくそうにぎこちなく頷く。

「部員五人で、人気の少ない川岸で取り囲んだんだ。そうしたら、望のやつ、突然背面から川に落ちて……」

「川に? それで、無事だったのか?」

 咲人は首を振る。

「わからねぇ。助けに行こうとしたら、望と入れ替わりで、河童が……」

「はあ?」

 

————ザッパーンというしぶきを上げて、後輩が川へ落ちた。

「望!」

 水深が意外と深かったらしく、大きな水しぶきの後に、後輩は上がってこない。

「くそ!」

 咲人は後輩を助けようと川岸へ近づいた。そのとき、川面から黒い影がヌッと立ち上がる。

「っ!」

 川から上がってきた物を見たとき、最初、ワカメの塊を頭に引っ掛けた望だと思った。しかし、違ったのだ。それはワカメではなく、水のたっぷり滴った、髪だった。

 ワカメのような髪を振り乱したそれが川から上がると、緑色のたくましい体が月明かりに照らされてぬめぬめと光った。彼の隆々とした筋肉に覆われた腕の中には、全身びしょ濡れになって気を失っている望が抱えられている。水かきのついた緑色の足が、石の転がる河原を踏み、じわじわぼたぼたと地面を濡らしながらゆっくりと咲人達の方へ進んだ。咲人を含む五人の部員達は突然目の前に現れた謎の生き物にすっかり怖気付き、じりじりと後退する。

 頭にワカメを乗せたマッチョな生き物は、河原へ望を優しく横たえると、光る瞳を五人に向けた。暗くてよく見えなかったが、その目の中には、明らかに怒りの炎が見える。

 五人は急いで逃げようとするが、あまりの恐怖に腰を抜かし、うまく歩くことができなかった。月を隠していた雲が晴れ、パァーッと闇夜を照らしたとき、緑のマッチョな生き物の正体が明らかになる。

 頭頂部のよく使いこまれたような色の皿、その周囲に密集するように生えたゴワゴワの毛。顔面の広範囲にわたる土色にも見えるくちばし。隆々と盛り上がり、それでいて引き締まったたくましい肉体は、くすんだ緑色の肌に覆われている。手にはちゃっかり泳ぎやすそうな水かきが。

 河童だ。それは紛れもなく河童だった。

 河童は五人の学生達へ向かい突進する。そして、まずは咲人の肩を掴み、逃げないように取り押さえると、彼の頭頂部の髪を無造作に掴み、そのまま上へ向けて引っ張った。

 むっしゃあああああああ!

「ぎゃあああああああああああ!」

 咲人の頭頂部に激しい痛みと熱が走った。

 毟り取られたのだ。毛を。

「ひぃ!」

「いやあああああああ!」

 咲人に襲いかかった災難を目撃し、他の学生達が悲鳴をあげ、泣き叫ぶ。しかし、河童は容赦なかった。河原を俊敏に動きまわり、逃げ惑う学生達を次から次へと捕まえ、頭頂部の毛を掴んでは毟り取っていく。

 ぶちぃ!

 むっしゃー!

 ぶちぃいいいいん!

 むっしゃーーーーん!

「いぎゃあああああああ!」

「ぎひいいいいいいいい!」

 河原では阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられた。男子学生達の頭頂部の毛はことごとく毟られ、血が流れる頭皮は赤く腫れ上がった。

 彼らは痛みと恐怖に泣き叫びながら命からがらキャンプ場へ戻り、荷物をまとめてさっさと逃げ帰ったという。

 

————大塚は咲人の話を聞きながら笑うこともできず、呆れ顏で目の前の無残な男を見ていた。

「それで? おまえはまだ未成年の後輩を河童のいる山の中へ見捨ててきたと……」

 サイテーのクズ野郎だなと吐き捨ててやる。河童に毛を毟られたのも納得のいく……いや、まだ慈悲のある仕打ちだ。それが本当に河童だったのかも怪しいが。

「俺は悪くねぇ……悪くねぇよ」

 真っ青になる咲人を、大塚は突き放す。

「いや、大悪党だろう」

「ああああああああ!」

 咲人はその場でべそをかき、未だ腫れて熱を帯びている頭頂部を抱えてうずくまった。大塚はため息をつき、ずれたメガネを押し上げながら、しょうがないなあと声をかける。

「何かあったら連絡があるさ。何もないなら無事だったんだろう」

 キャンプ場の近くには、望の祖母の家があるという話だった。望も生きていれば連絡か何かしてくるはずだろう。そういって、大塚は咲人を慰める。

「最悪の場合、俺はおまえを警察に突き出すけどな」

 慰めの言葉の最後に付け足されたこの一言に、咲人の心はぼろぼろにくじかれた。その様を見て、大塚はニヤリと笑う。

「何も知らない後輩を連れ込んで、エロいことしようとした罰だ。これに懲りて、もうヤリサーみたいな活動はやめることだな」

 合宿という名目で乱行パーティーや強姦まがいの行為を行っていた咲人に、大塚が厳しい声をかける。咲人は涙目で、慈悲を乞うように大塚を見あげた。そして子犬が甘えるように、大塚の体へ擦り寄る。

「咲人、おまえは俺だけ見ていればいいんだよ」

 そう呟いた大塚は咲人の腫れた頭頂部を撫でた。

 

第一回文学フリマ京都 『河童BL(簡易版)』無料配布ペーパー

発行日:2017年1月22日

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