彼の止まった時間と過ぎ行く彼の季節
三 纏わりつく
混濁する意識の中
眼に映るのは薄暗い天井
こんな時まで、俺はどうしてしまったのか
最後に会いたかったのはあいつだった
汗と涙でぐちゃぐちゃになったシーツと
そこで動けなくなった俺
なあ、こんな俺を見ても
おまえは俺を好きだと言ってくれるだろうか?
18:09 - 2016年5月7日
暗いベッドルームのしわくちゃになったシーツの上で彼は目覚めた。
身体中がべったりとまとわりつくような汗でコーティングされ、額や頬には髪が張り付いている。
不快なそれらを手で払いのけたいと思ったが、重い身体を動かすのが億劫で、彼はただまっすぐ天井を見上げるだけだった。
汗だくのランニングシャツと汗のしみたトランクス。
サイドテーブルに散乱する数種類の薬。
これがないと生きられない自分は、どれだけ社会不適合者なのかと、彼は頭を抱える。
彼は毎晩、このベッドの上でむせ返り、涙と汗に溺れながら薬を煽っていた。
それで自分は楽になれるのだろうかと、彼はいつも自分自身に問いかける。
(あいつがいなくなったから……俺は……)
あの男が彼の目の前から姿を消した日、彼の生活は一変した。
眠れない日々。
身体の震え。
得体の知れない恐怖感。
突然溢れ出し止まらない涙。
彼は今までとは違う自分に戸惑い、うまく感情を抑えられない自分に憤った。
彼の異変に周囲も戸惑い、彼は勤め先の上司や同僚の勧めで心療内科へ通い始め、今ではこのように薬に頼る生活をしている。
薬で楽になるのであればそれに越したことはないのだが、一向に良くなる気配がしないため、彼は焦っていた。
口にすればするほど、自分の薬への依存は強まり、症状は重くなっていく……気がする。
なぜあいつはいなくなってしまったのか。
なぜあいつは俺といてくれないのか。
俺はあいつにとって必要なかったのだろうか。
気がつけばこんな風に、答えの出ない自問自答を繰り返して、自分を痛めつけてばかりいる。
処方された睡眠導入剤のおかげで薄れいく意識の中、あの男の影を見た気がした。
あの男の口元には笑みが浮かんでいるように見える。
(笑っている……あいつが……)
(俺を笑っているのか……嘲っているのか……)
いないはずのあの男の影に、彼は心の中で問いかけ続けた。
こんな風にベッドの上でのたうち回っているだけの俺を見て、おまえはなんと言うだろうか。
薬と汗と涙で汚く汚れた俺を見て、おまえはなんと言うだろうか。
おまえは、それでもまだ俺のことを好きだと言ってくれるだろうか。
彼の瞼は今にも閉じようとしていた。
眠い。
瞼が重いのだ。
もう寝ろという身体に逆らって、意識ははっきりと、ここにはいないあの男へと向かっている。
暗い部屋を薄ぼんやりと照らすオレンジ色の豆電球。それが揺れながら、彼の汗ばんだ身体もしっとりと照らす。
「ねぇ、俺さ、おまえがいないとダメだよ……」
彼はそれだけはっきりと声に出した。
その一言は、暗い部屋に冷たく響き、彼はその言葉を残して目を閉じる。
夢の中にあの男はいないだろう。
目を開けてもあの男はいないだろう。
次に目が覚めた時、自分はまた薬を貪るのだ。
(早く戻ってきてほしい……)
その想いは言葉にできないまま、彼は眠りの世界へと堕ちていった。