彼の止まった時間と過ぎ行く彼の季節
一 僕の部屋
君を好きだという気持ちをここでなら口にできる。
僕は君が好き。
僕は君が好き。
君には聞こえない。
だから君は傷つかない。
僕は安心して君を好きだと囁ける。
そうやって、僕だけを傷つけていく。
まるで君への想いに対する罰を受けるように。
傷つくのは僕だけで十分だ。
20:08 – 二〇一六年五月六日
住宅街に西日が射し、長い影が伸びる夕方。
学校から帰宅して二階にある自分の部屋に入ると、僕はやっと、ホッと一息つけた。
日が傾いて薄暗くなった部屋の狭いベッドの上に、中途半端に重い革の鞄を投げ捨てて、その傍に腰を下ろす。そのまま力を抜いて、ベッドへと体を預けた。
日が陰り、冷たい空気と冷えたシーツが、僕の身体を包んで気持ちが良い。
気怠さと、どこかへ落ちていきそうな感覚。
暗い天井を眺めながら、僕は彼の横顔を思い出す。
彼は、僕の友達。
とても大切な、僕の友達。
僕は彼の表情を思い出しながら、幸せな気持ちに浸る。
彼の表情、彼の声……。
僕と目を合わせてくれる君、僕と話をしてくれる君。
僕はこの視線を隠し、友達の皮を被って君を見ている。
昨日、彼はふざけて、僕の肩を叩いた。
今日、彼はふざけて、僕の腕を掴んだ。
こうやって毎日、僕は彼の小さな体温を数えて、反芻している。
でも、これは、ここだけの話だ。
この、僕のための部屋の中だけでの話だ。
ここは僕の部屋。
僕のための空間でだけ、僕は君を好きだと言える。
「僕は君が好き……」
こんなこと、学校じゃ口が裂けても言えない。
そんなこと言っちゃったら、君はどんな顔をするだろうか。
きっと、僕はもう、君の体温を数えることはできなくなるだろう。
きっと、僕はもう、君の声を聞くことはできなくなるだろう。
言ってしまったら、君は傷ついた顔をするかもしれない。
そして君は、僕を罵倒し、他の奴らと一緒に僕を嘲笑する。
僕を罵倒し、僕を軽蔑し、僕を見下して、もう友達だとすら思ってもらえない……。
ああ、なんて怖いことだろう。
けれども、それは辛いようで、とても甘やかな妄想でもある。
僕の心臓は、さらにぎゅっと締め付けられ、暗い背徳の情に悶えるのだ。
「僕は君が好き」
ここでなら、僕は安全に君を傷つけ、僕を傷つけることができる。
君は僕の頭の中で、僕にゆっくりと汚されていく。
僕は僕の身体を僕の手でゆっくりと汚していく。
「僕は君が好き……」
また一つ傷を増やす。
「僕は君が、好き……」
僕の脳の中で、何かの物質が絞り出されて……
「僕は……君が好き……」
僕の腰のあたりは、熱く重くなり……
「僕は……っん、君が……」
言葉が、僕を甘くしていく。
鼓動を速め、息を荒くし、僕の目の前をぼんやりと白く染めていくのだ……。
「で? 結局おまえは俺の何が好きなんだよ?」
ふいに、君の声が僕の頭の中で響いた。
その声が僕をイジメる。
いたずらを企む、意地悪な君の顔と、声。
僕の中の君に、僕は復讐される。
僕にまた傷が増える。
僕の手の中に溢れた白濁と、僕の頬を伝う涙と、僕の肌ににじむ汗。
僕は……。
「僕は、君が好きな僕が好き……」
--ちくり。
ああ、また一つ、僕は僕を傷つけた。