彼の止まった時間と過ぎ行く彼の季節
六 水底
冷たい水の中に沈んでいく
皮膚も、その内側の肉も
それで構わない
このまま凍りついて構わない
君の指は
掬いあげには来てくれないだろう
それで構わない
このまま暗い水の底へと
沈ませるだけだ
この想い
沈め
暗い水の底で
眠れ
8:26 - 2016年5月15日
水の中へ沈んでいく。
冷たい水の中へ。
目の前には、薄い水色が広がり、太陽光に照らされた水面がキラキラと揺れながら光るのが、水の中にまで透けて見える。
不思議と息苦しくはなくて、俺はただ、その光景を綺麗だと思って眺めていた。
俺の身体は、ゆっくりと仄暗い水の底へと沈んでいっているようで、少しずつ、少しずつ、目の前の景色は暗くなっていく。
時折俺の周囲を、ごぼごぼ、ぼこぼこと音を立てながら白い泡が上がっていった。
空気だろうか。
俺はこのままどこへ向かっていくのだろうか。
俺の身体は、腕も足も、指先までまったく動かなかった。
ただ、頭の先から足の先まで冷たく凍りついたように冷たい。
皮膚も、その内側の肉も、細胞のひとつひとつが凍結されて、動けない。
そして、そのまま暗い水の底へと吸い込まれていくのだ。
これでいいのだ。
これで良かったのだ。
俺は、このままいなくなった方がいいのだ。
君に良くない気持ちを抱いた。
君を困らせてしまう悪い俺は、このままいなくなってしまえ。
そう思った時、俺の目の前を熱い雫が覆った。
それがふわりと舞い上がり、水の中を白い泡となって上がっていく。
君の暖かな指先。
君の暖かな腕。
それが水面の向こうから伸ばされることを願ってしまう。
君は来ない。
知っている。
この想い、このまま水の底へ沈め。
永遠に眠れ。
俺よ。
もう彼に対する希望を抱かないでくれ。
このまま沈め。
眠れ。
そうすればいつか、この想いも朽ち果てて消える。
どうかこのまま、水の底の砂の中へ埋もれていってくれ。